研究テーマ

 皆さんはウイルスというと、病気を起こすものと考えていらっしゃるかと思います。果たしてそうなのでしょうか?世の中には、常に陰の部分と陽の部分があるように、ウイルスも二面性をもっています。ある動物では病原性を発揮しても、ある動物では無害、あるいは役に立っていることもあるかも知れません。私たちは、ウイルスの陰の部分と陽の部分双方を分け隔てなく解き明かすことを目指しています。研究対象は病原性ウイルスだけではなく、非病原性ウイルスも含まれます。また、家畜、伴侶動物、野生動物、ありとあらゆる生き物を研究対象にしたいと思っています。

 

 以下に、最近の主な研究成果を簡単にまとめました。(引用文献のうち太字のものが当研究室の業績です。) 

Ⅰ)内在性レトロウイルスに関する研究

 内在性レトロウイルス(endogenous retrovirus:ERV)は個体から個体へと感染する外来性レトロウイルスが、たまたま生殖細胞に感染し、その感染細胞由来の受精卵が個体として発生し、そのまま子孫へ垂直伝搬するようになったものです。ERVは、ヒトではゲノムの約8%、マウスではゲノムの約10%を占めていると考えられています。

 

 多くのERVは蛋白質をコードする領域に塩基置換や塩基の挿入や欠失があるため、ゲノムの中にただ存在する、機能がないジャンクDNAの一部であるとこれまで考えられてきました。ところが最近の研究で、動物のERVの中には白血病やリンパ腫を引き起こす原因となるものもあることが分かってきました。さらに、ヒトでは癌、自己免疫疾患、精神疾患などとERVの関連が指摘されています。また、ERVは外来性レトロウイルスと組換わることで新しい外来性レトロウイルスにもなり、レトロウイルス感染症の病態にも深く関与しています。

 ERVは宿主にとってマイナスに働くことがある一方で、宿主にとって有利に働いている場合も知られています。これまでに、病原性レトロウイルスの感染を防御する因子として働いている場合が報告されてきましたが、最近、胎盤や胚発生においてERVが重要な役割を担っていることも分かってきました。そのため、特にほ乳類の進化にERVやレトロトランスポゾンが深く関与している可能性が真剣に議論されるようになってきました。

 

Ⅰー1)胎盤形成に関与する内在性レトロウイルスに関する研究

 真獣類が胎盤を獲得したことは、SIRH1/PEG10およびSIRH2/PEG11など種間で共通する古代のレトロトランスポゾンをゲノムに取り込んだことによると考えられています。しかし、胎盤の構造および機能は動物種によって大きく異なっており、その差異を解明することは、真獣類の胎盤の進化の過程を明らかにする大きな手掛かりとなります。近年の研究により、哺乳類の胎盤形成において、種固有のERVenvが関与していることが明らかになってきました。それらの研究は霊長目や齧歯目の血絨毛性胎盤、ウサギ目や食肉目の内皮絨毛性胎盤に限られていました。そこで我々は、鯨偶蹄目の上皮絨毛性胎盤形成に関わるERVを同定すべく研究を行いました。

 我々は完全長のエンベロープ遺伝子(env)が保存されたBERV-K1およびBERV-K2と命名した2種類のウシERVを同定し、特にBERV-K1 envの胎盤における発現レベルが非常に高いことを見出しました(Baba et al., 2011. J. Virol. 85: 1237-1245)。ウシ胎盤には二核細胞(BNC)と三核細胞(TNC)が存在し、BNCが子宮内膜細胞と融合したものがTNCであると考えられています。我々は、BERV-K1ならびにBERV-K2EnvTNCの形成に関わっているのではないか、という仮説を立てて実験を行いました。

 ウシ胎盤においてin situハイブリダイゼーションを行ったところ、BERV-K2 envの発現は確認できなかったのですが、BERV-K1 envの栄養膜細胞特異的な発現が確認できました。さらに、抗BERV-K1 Env抗体を用いた免疫組織化学を行ったところ、BERV-K1 EnvBNC特異的に発現していることが明らかとなりました。両EnvCOS-7細胞に強制発現させ、ウシ子宮内膜細胞への融合活性を測定したところ、BERV-K1 Envのみが高い活性を示しました。ゲノムデータベースを検索したところ、BERV-K1はウシFAT2のイントロン18に挿入されていることが明らかとなった。FAT2はカドヘリンスーパーファミリー遺伝子で、多くの動物で保存されている。様々なウシ科動物におけるBERV-K1の有無を調べるために、ホルスタイン(B.taurus)、バリ牛(B.javanicus)、スイギュウ(B.bubalis)、シタツンガ(T. spekii)、ヒツジ(O.aries)、ヤギ(C.hircus)のゲノムDNAを抽出し、FAT2のエキソン1819を挟むPCRを行ったところ、ホルスタイン、バリ牛、スイギュウ、シタツンガがBERV-K1を有していたのに対し、ヒツジとヤギには見られませんでした。4種すべてのBERV-K1は完全長のコーディング配列としてenvのみを有しており、それらすべてのEnvはウシ子宮内膜細胞に対して高い融合活性を示しました。このことは、スイギュウの胎盤においてもTNCが見られること、ヒツジとヤギではそれとは異なる形態(シンシチアルプラーク)をとることと一致します。また、BERV-K1の挿入時期はおよそ2500万年前であると推測された。さらに、各種動物のBERV-K1の塩基配列の置換パターンを解析したところ、BERV-K1が純化選択(purifying selection)されてきたことが明らかとなりました。興味深いことに、ウシやヒツジのFAT2の発現は胎盤に限られてり、BERV-K1は、胎盤で特異的に発現するFAT2遺伝子座に組込まれた結果、胎盤特異的な発現機構を獲得したと考えられました。以上のことから、BERV-K1TNCの形成に関わっていることが明らかとなり、我々はこのBERV-K1Fematrin-1と命名しました(Nakaya et al., 2013. J. Virol. 87: 10563-10572 )。

 この他に、共同研究によりハイスループットシークエンシングであるSOLiD3およびレトロウイルスを網羅的に探索するプログラムであるRetroTectorを用いて、ウシの胎盤で発現するERVを網羅的に同定しました(Nakagawa et al., 2013. Genome Biol. Evol. 5: 296-306)。さらに、in vitro培養系にて、ウシ栄養膜細胞が二核化する際に発現するERVについて解析を行いました(Koshi et al., 2012. Reprod. Biol. Endocrinol. 10: 41)。

Ⅰー2)医原性内在性レトロウイルス感染の危険性評価と制御

 感染性の内在性レトロウイルスは、異種移植の際に問題となるばかりではなく、異種の動物由来細胞を用いて製造される生物学的製剤(ワクチンなど)にも迷入する可能性がある。我々は、異種移植の際に問題になるブタ内在性レトロウイルス(PERV)の解析とその制御法について研究を行った。(Nakaya et al., 2010. J. Vet. Med. Sci. 72: 67-71; Yamamoto et al., 2010. Transpl. Immunol. 23: 71-76; Nakaya et al., 2011. Microbes Infect. 13: 49-57;  Nakaya et al., 2011. J. Gen. Virol. 92: 940-944; Nakaya et al., 2012. Xenotransplantation 19: 177-185)。また、イヌやネコ用の混合生ワクチン中に、感染性の内在性レトロウイルス(RD-114ウイルス)が迷入していることを見いだし、そのリスクアセスメントとRD-114ウイルスの制御に関して研究を行っている。(Miyazawa et al., 2010. J. Virol. 84: 3690-3694; Yoshikawa et al., 2010. J. Clin. Microbiol. 48: 3366-3369;  Yoshikawa et al., 2011. Biologicals 39: 33-37; Okada et al., 2011. Virus Res. 155: 268-273; Fukuma et al., 2011. Virology J. 8: 540; Yoshikawa et al., 2012. J. Vet. Med. Sci. 74: 347-350; Yoshikawa et al., 2012. J. Gen. Virol. 93: 603-607; Shimode et al., 2012. Virus Genes 45: 393-397,Fukuma et al., 2013. PLoS One 8: e61530; Shimode et al., 2013. J. Gen. Virol.,; Yoshikawa et al., 2014. Arch. Virol.  )。なお、ワクチン接種動物に感染性を有する内在性レトロウイルスが生ワクチン中に迷入したことを報告したのは、我々の論文(業績)が世界で初めてであり、Journal of VirologySpotlightにも選ばれた。2009年には、International Alliance for Biological Standardization (IABS)が主催するViral Safety Workshop(アネシー、 フランス)において招待講演を行った。

Ⅰ-3)コアラレトロウイルス(KoRV)に関する研究:レトロウイルスの内在化過程解明に向けて

 KoRVは宿主ゲノムへの内在化が進行中のユニークなウイルスであり、レトロウイルスの内在化機序と宿主に与える影響についてリアルタイムで解析する唯一のモデルと考えられている(Tarlinton et al., 2006. Nature 442: 79-81)。我々は、日本の動物園で飼育されているコアラのKoRV感染状況を調査し、感染が広がっていることを報告した(Miyazawa et al., 2011. J. Vet. Med. Sci. 73: 65-70)。また、世界で初めてKoRVの感染性分子クローンの作製に成功した(Shojima et al., 2013. J. Virol. 87: 5081-5088)。感染性クローンができたことで、内在化に伴うレトロウイルスの弱毒化の解析が可能となった。さらに、日本に飼育されているコアラから多数のKoRVを分離し、遺伝的解析を行い、オーストラリアのKoRVとは異なる受容体を用いるKoRVを発見し、KoRV-Jと命名した(Shojima et al., 2013. J. Virol. in press)。また、コアラが異なるガンマレトロウイルスに幾度も感染し、複数回内在化していることを見いだした(投稿準備中)。さらに、内在化機序を探るべく、コアラのゲノムに組み込まれている非感染性のKoRVを詳細に解析した(投稿準備中)。20134月には、San Diegoで行われたKoala and Its Retrovirus Workshopにて、招待講演を行った。

San Diegoで開催されたコアラレトロウイルスワークショップにて
San Diegoで開催されたコアラレトロウイルスワークショップにて

 Ⅰー4)RD-114ウイルスに関する研究

Ⅰ-5)異種指向性マウス白血病ウイルス関連ウイルス(XMRV)に関する研究

 XMRV2006年に前立腺癌患者から発見されたレトロウイルスであり、異種指向性マウス白血病ウイルスに遺伝的に近縁なウイルスである。2009年にこのウイルスが慢性疲労症候群(CFS)と関連があることが報告された(Lombardi et al., 2009. Science 326: 585-589.)。我々は日本赤十字社、感染症研究所、大阪市立大学医学部などと連携し、XMRVの国内での感染状況をいち早く調査し、国内においては、前立腺癌患者においてもCFS患者においてもプロウイルス陽性の患者はおらず、これらの疾患とXMRVの感染の関係は少なくとも国内ではないという結論を得た(Furuta et al.,  2011. Retrovirology 8: 20)。さらに、我々は市販のRT-PCRキットの酵素中に、ERV由来のRNAが混入していることを発見した。混入物のgag領域の一部は第7染色体上のERVの配列とほぼ同一であり、gag領域、env領域ともにCFS患者から検出・同定されたXMRVに極めて類似していた。この発見は、2010年のRetrovirology誌に掲載され(Sato et al., 2010. Retrovirology 7: 110)、国内外に多大なインパクトを与えた。XMRVは最終的には、実験室内コンタミネーション、もしくは、試薬に混入していたERVゲノムを検出していたのに過ぎないと結論づけられたが、我々のRetrovirologyに公表した論文が、「コンタミネーション仮説」を決定づける大きな契機になった。なお、この研究論文は発表後2年間で64回(XMRV関連の論文として世界で19位)引用され、イギリスの新聞(The Guardian)においても取り上げられた。他に我々は、感染性のXMRVを簡便に定量するフォーカスアッセイ法を確立した(Sato et al., 2012. J. Vet. Med. Sci. 74: 255-258)。

Ⅰ-6)FeLIX(可溶性内在性ネコ白血病ウイルスEnvタンパク)に関する関する研究

Ⅱ霊長類由来レトロウイルスに関する研究

Ⅱ-1)ニホンザル血小板減少症に関する研究

 最近、京都大学霊長類研究所のニホンザルが血小板減少症を伴い多数死亡する事例があった。大阪大学微生物病研究所が行った発症個体の血清のメタゲノム解析により、サルレトロウイルス4型(SRV-4)の部分配列が見つかった(Okamoto et al., Scientific Rep. in press)。我々は、血小板減少症にて死亡したニホンザルよりSRV-4を分離し、ニホンザルに血小板減少症を引き起こすかを確認した。さらに、SRV-4の感染性分子クローンを作製し、同クローン由来のウイルスもニホンザルにおいて血小板減少症を引き起こすことを確認し、SRV-4がニホンザル血小板減少症の原因ウイルスであることを確定した(Yoshikawa et al., J. Virol. in press)。SRV-4はベーターレトロウイルス属に分類されるウイルスであり、近縁なウイルスとしてアカゲザル等に免疫不全を引き起こすSRV-1SRV-2及びSRV-3等がある。元々、SRV-4はカニクイザルより分離されたウイルスであり、カニクイザルに対してはほとんど病原性を示さないことが知られている。そのため、SRV-4はニホンザルに感染することで高病原性を獲得したと考えられ、レトロウイルスの種間伝播や種間での病原性の違いを解明するのに非常によいモデルになると考えられる。

Ⅱ-2)サルフォーミーウイルスに関する研究

Ⅲネコ由来ウイルスの研究(作成中)

 宮沢研究室では、ネコ由来ウイルスの研究も行っています。ここでは1989年から現在まで行ってきた研究について解説します。

 

Ⅲ-1)ネコモルビリウイルス(FmoPV)に関する研究

 ネコモルビリウイルス(Feline morbillivirus:FmoPV)感染症は、ネコの新興ウイルス感染症であり、尿細管間質性腎炎との関連が疑われています。FmoPVは中国で2012年にはじめて報告されたのですが、他の国におけるウイルス分離の報告はありませんでした。我々は日本で初めてFmoPVの分離に成功し、その性状を調べました。日本国内の動物病院を受診したイエネコ13頭の尿をRT-PCR検査したところ、3頭で陽性の個体がみられました。これらの陽性個体からFmoPV SS1、SS2およびSS3の3株の分離に成功しました。FmoPVに感染したCRFK細胞では融合を伴うCPEが観察され、間接蛍光抗体法によりFmoPVのNタンパク質の存在が示されました。また電子顕微鏡による観察では、多形性のウイルス粒子のエンベロープ上に明瞭な糖タンパク質のスパイクがみられました。HおよびL遺伝子の系統樹解析ではFmoPVの遺伝的多様性の存在が証明された一方、ポジティブセレクションは受けていませんでした。(Sakaguchi et al., 2014. J. Gen. Virol.)

Ⅲ-2)ネコ免疫不全ウイルスに関する研究

 日本で初めてネコ免疫不全ウイルス(FIV)を分離し、FIVに高感受性のTリンパ球株化細胞(MYA-1細胞)の樹立に成功した。FIVの感染性遺伝子クローンを作製し、遺伝子解析を行った。さらに、FIVの感染受容体を同定した。(Shimojima et al., Science

細胞工学Vol 23 No. 4 2004より抜粋

Ⅲ-3)ネコ白血病ウイルスに関する研究

Ⅲ-4)ネコパルボウイルスに関する研究

Ⅲ-5)ネコカリシウイルスに関する研究

Ⅲ-6)ネコフォーミーウイルスに関する研究

待っててにゃ。